(1)問題の所在
・第2次大戦後60年近く経過し、戦争体験は風化しつつあるが、今日の日本における平和な生活は、これらの戦争による死没者の犠牲の上に成り立っている。国が関った戦争で、官民を問わず多数の尊い生命が失われたことが事実である以上、これらの死没者に、国民を代表する立場にある者(天皇陛下や内閣総理大臣、閣僚など)が、公式に追悼の意を表し、非戦平和を誓うことの出来る国家施設を持つことは、海外の例を見るまでもなく、当然の要請である。
・靖国神社は、旧憲法下、国家神道の一つの象徴的な存在として位置付けられ、国家が戦争を遂行する際、戦地に赴く国民の精神的支柱としての役割を担ったことは、歴史上、明白な事実である。一方、現憲法下では、一宗教法人である靖国神社を、我が国における戦没者追悼の中心施設と位置付けるのは、適当でない。
・一般の国民が、その自由意思により靖国神社に参拝することは、何ら問題はないが、国家の機関である首相や閣僚が、靖国神社に公式参拝すること、現憲法が保障している信教の自由や政教分離の原則からすると、違憲性の疑いが高い。公式参拝については、過去3つの違憲訴訟がおこされた。最高裁の判断はまだないが、高裁段階では、1つは合憲違憲の判断はせず、1つは違憲の疑いがあるとし、1つは継続すれば違憲と判示し、確定している。
・靖国神社に祀られているのは、戊辰戦争以降の我が国が関った戦争で亡くなった軍人・軍属に限られ、空襲や原爆など戦争の惨禍によって亡くなられた一般の民間の死没者は祀られていない。
・国際法上の、重要戦争犯罪人とされるA級戦犯が合祀されている靖国神社に、首相が参拝することに対し、近隣諸国の強い批判がある。(参考‥A級戦犯合祀以降、天皇皇后両陛下の靖国神社参拝は行われていない。)
(2)民主党のこれまでの取り組み(略)
(3)靖国神社との関係
・靖国神社は、戦前のいわゆる国家神道体制下での中心的な役割を果たした特殊な神社であり、戦後、「神道指令」によって、国家神道が解体された後は、一宗教法人となっている。同じく、戦後は宗教法人神社本庁となった伊勢の神宮を本宗とする、全国約8万の神社本庁に、靖国神社は加盟していないが、靖国神社と同じ性格を持つ、全国各都道府県にある護国神社・招魂社は神社本庁に包括されている。
・靖国神社は、その規則によれば、「本法人は、明治天皇の宣らせ給うた”
安国“の誓旨に基づき、国事に殉ぜられた人々を奉賛し、神道の祭祀を行い、その神徳を広め、本神社を信奉する祭神の遺族その他崇敬者を教化育成し、社会の福祉に寄与し、その他本神社の目的を達成するための業務を行うことを目的とする。」とある。
・したがって、祭神の遺族並びに崇敬者以外の日本国民にとって、ここを戦没者追悼の中心的施設とする政府の考え方には無理がある。
・靖国神社は、他の宗教団体と同様に取り扱われるべきである。その崇敬者の信教の自由を妨げるものではないが、その場合でも、憲法の政教分離原則は遵守されるべきものである。
(4)千鳥ヶ淵墓苑との関係
・追悼・平和懇では、「千鳥ヶ淵墓苑は、遺族に引き渡すことが出来ない戦没者の遺骨を納めるために国が設けたものであり、新たな国立の施設とは、趣旨、目的は全く異なる。」としているが、千鳥ヶ淵墓苑は容量が限界になるなど、問題が山積している。この点から、新しい国立追悼施設を、千鳥ヶ淵墓苑の移設・拡充問題と同時併行して考えることも有用である。
(5)民主党の方針と今後の課題
1基本的な考え方?「新しい国立追悼施設をつくる会」からの申し入れもふまえて、民主党としては以下のように考える。
・「新しい国立追悼施設をつくる会」の考え方は、戦争そのものの非人間性に注目することから、「戦争そのものが悪である。」と位置付けられており、民主党が提唱する新しい国立追悼施設についても、全ての戦没者を戦争犠牲者と位置付け、非戦平和を訴えるものとする。
・追悼の対象は、我が国が近代国家となった明治時代以降から第二次世界大戦までの戦争で、我が国が関った戦争における全ての死没者(国籍や敵味方を問わない)とする。ただし第二次世界大戦後の国連平和維持活動での死没者の取り扱いについては、今後の検討課題とする。また、追悼する対象は、追悼を行う個人の心に委ねられるものとする。
・死没者を追悼すると共に、非戦平和を誓う象徴的な場とする。
・特定の宗教性を持たない、信教の自由、政教分離の原則が貫かれたものとする。
・全ての個人もしくは団体が、何時でも、それぞれの思想・信条・信仰に基づき、その信奉する方式で追悼できるよう、公平に開放される施設とする。
2今後の進め方
・民主党としては、上記の「基本的考え方」に沿った「新しい国立追悼施設」実現に向け、関係者との調整を進めることとし、必要があれば、法案化も検討する。
・「新しい国立追悼施設」を実現するために、民間団体等とも連携して国民運動化する。