二つの砂川市市有地内神社訴訟の行方は
全国各地で鬱陶(うっとう)しい梅雨空が続いている六月二十六日、札幌高裁は「砂川市市有地内神社撤去訴訟」の控訴審判決を言い渡しました。
本訴訟は、砂川市の市有地に建てられた町内会館の中にごく小さな神社が存在することに関し、会館を所有・管理している地元の町内会に対して市が神社の撤去を請求することを怠ったことなどの違法確認を求めて二人の市民が市長を相手取って起こしたもの。
一審の札幌地裁は、「宗教施設である神社」に市が市有地を「無償で提供している行為は、特定の宗教に特別の便宜を与え、これを援助、助長、促進することが明らか」であると認定し、憲法二十条三項・八十九条などに違反すると判示して、原告の主張を認める違憲判断を下しました。
この高裁判決も地裁判決のやや粗雑な記述を訂正したり、控訴審での被告側の新たな主張に言及したことはあっても、大筋は原審の判断を踏襲し、市の行為は憲法の規定する政教分離原則に違反すると判示して控訴を棄却したのです。
本判決に対する批判は地裁判決へのそれと重なりますので(R&R bQ39参照)、ここでは繰り返しませんが、ただ「宗教施設である」という「外形的側面」のみにとらわれ、本件神社の沿革・現状に対する理解に欠けた一方的な解釈については上告審においてもさらに強調する必要があるでしょう。
一方、本訴訟の原告の一人は同様に砂川市の市有地に建てられた別の神社の撤去を求める訴訟を平成十六年十二月に起こしましたが、翌十七年四月、市が市議会の議決を経てその土地を神社を管理している地元の町内会に無償で譲渡したことから、これは「宗教への支援行為」に当たるとして訴えを譲渡の違法確認に切り替えました。よって、この訴訟を「砂川市市有地内神社敷地譲渡訴訟」と呼び、先記した訴訟と区別することにします。
すでに昨年十一月三十日に下されている本訴訟の札幌地裁判決は、まず市有地の譲渡は「宗教とのかかわり合いをもつものである」が、その目的は「市有地上に神社が存在し、祭事が行われている事態の解消を図る」ことを「主眼とするもの」であり、該地はもともと「地区の住民から寄付を受けた」経緯もあって、その譲渡は「専ら世俗的なものであると認められ、その効果も神社神道を援助、助長、促進し又は他の宗教に圧迫、干渉を加えるものとは認められない」とし、憲法二十条三項の「宗教的活動には当たらない」と判示。
また、町内会は「宗教的活動を行うことを本来の目的」とする「宗教上の組織若しくは団体」に該当しないので、八十九条にも抵触しないと断じ、原告の主張を全面的に却けました。「津地鎮祭訴訟」「箕面市遺族会補助金訴訟」最高裁判決に忠実に沿っています。
そう遠くない時期に控訴審判決が出るのではないかと伝えられていますが、とにかく、請求内容に差異はあるものの、一方は厳格、他方は柔軟と対照的な判断が示された砂川市の市有地内神社に関わる二つの訴訟、その帰趨が注目されるところです。
政教関係を正す会(R&R No.255より)
東京霊璽簿等抹消訴訟の概要
本年二月二十六日に提訴されながら、訴状に貼付すべき印紙の金額をめぐる交渉が難航したため、延び延びになっていた「東京靖国神社霊璽簿等抹消訴訟」の関係者への訴状の伝達がようやく行われ、その内容が明らかになりましたので、ここに報告いたします。
本訴訟は、原告の構成や請求内容について少々異なる点があるものの、昨年八月に提訴された「大阪靖国神社霊璽簿等抹消訴訟」(R&R bQ45参照)に続く、それとほぼ同旨のものと言っていいでしょう。
原告はすべて在韓韓国人十一人で、一人を除いて靖国神社に合祀されているご祭神の妻又は子ですが、残る一人は生存していながら合祀の対象とされた元日本軍兵士です。一方、被告とされたのは国と靖国神社です。
原告側の主張は多岐にわたりますが、要約すれば、国に対しては祭神に関わる事項を記した「祭神名票」を靖国神社に送付して合祀に協力したことは憲法二十条、八十九条などに違反するとして、靖国神社に対しては以下に述べるような実に多様な権利侵害を理由とする不法行為責任があるとして、国はこのような情報提供を撤回し、靖国神社は「霊璽簿」「祭神簿」「祭神名票」から原告に関係する祭神名などを抹消し、併せて国と靖国神社は原告に対する謝罪文の交付および新聞への掲載、ならびに両者によって受けた精神的苦痛に対する損害賠償を請求するというもの。
請求の原因、すなわち彼らの家族ないし本人が同意なく合祀の対象とされたことによって侵害されたと彼らが主張する権利なるものは、故人を追悼する権利(「追悼の自由権」)・民族的人格権・慰霊や追悼に関する伝統的習俗・名誉・姓名権・プライバシー、あるいは戦死者の遺族として通知を受けることの出来る権利(国に対して)等々、いわば何でもありと言ってもいいのが実情で、中には一読しただけでは意味が判然としないものも含まれていて、争点を整理するのに苦労しそうです。
たとえば、「姓名権」のように大阪訴訟にはない論拠≠ェ掲げられたのは原告がすべて韓国人であることによるのでしょうが、そのほかに大阪訴訟と異なっている点は、遺族だけではなく生存している本人が原告となっていることと、「祭神簿」「祭神名票」からの抹消請求の対象が祭神名だけでなく関係する事項のすべてとされていることです。
この意味で本訴訟はより厄介な代物(しろもの)ですが、本年三月二十八日、昨年七月に朝日新聞が紹介した資料を含む戦後の靖国神社の合祀に関する膨大な資料が国立国会図書館から刊行されていますので、国や靖国神社の主張や論証も一層緻密さが要求されることになるでしょう。
「小泉首相靖国神社訴訟」では大阪と愛媛の訴訟で靖国神社が国と並んで被告とされましたが、主役はあくまでも国でした。しかし、今回の二訴訟の主たる被告は靖国神社と考えざるを得ませんから、神社側の訴訟戦略もより主体的なものとなることが予想されます。
政教関係を正す会(R&R No.254より)
安倍首相が靖国神社に真榊(まさかき)を奉納
去る五月七日、安倍晋三首相が本年四月の靖国神社春季例大祭に「内閣総理大臣 安倍晋三」の名で真榊を奉納したことが判明、翌八日の新聞各紙が一斉に報じて話題を呼びました。それは奉納が温家宝中国首相との首脳会談の直後のことだったからです。ただし、その費用の五万円は安倍首相のポケットマネーとのことで、政教問題とは無縁です。
首相は就任以来、靖国神社参拝についてはいわゆる曖昧戦術≠とっており、今回の奉納についても明言を避けていますが、「国のために戦って亡くなられた方々への敬意を表し、冥福を祈り、尊崇の念を表する。その思いを持ち続けたい」(「産経」平一九・五・九)とのコメントをしていますので、その意とするところはおおよそ分かります。
さて、「真榊」の「真」は美称で、「榊」「賢木」「境木」などの字を当てていますが、いつも枝葉が生い茂り、青々とした常磐木(ときわぎ)の総称といわれ、とくにツバキ科の常緑亜喬木を指すことが多い。
榊の用途は広く、神籬(ひもろぎ)に用いて神の依代(よりしろ)とする場合、大麻(おおぬさ)としてお祓いに用いる場合、玉串として神拝で奉奠(ほうてん)する場合、舞人が手草として用いる場合、真榊として社殿などに立てて装飾の具とする場合などがありますが、いずれもその常緑・清浄さが神事にふさわしいと考えられてきたからです。
今回奉納された真榊は、二メートルほどの根つき榊に紅白の布帛が付せられたもので、今述べたように神前の装飾物としての意味があるのですが、そればかりではなく、戦没者に対する表敬と慰霊の気持ちを表すお供えの意味も合わさっています。そのことは先ほどの首相のコメントからでも明らかでしょう。
靖国神社の祭儀のうち最も重要な春秋の例大祭に際して、首相がそうした意味を込めて真榊を奉納するようになったのは、占領終結も間近に迫った昭和二十六年秋の吉田茂首相からだといわれています。初期の頃の記録には不明な部分もありますが、少なくとも、昭和三十年の春に鳩山一郎首相が奉納して以来、ごく短命だった石橋湛山首相時代を除いて、昭和六十年秋の中曽根康弘首相まで、三十年間も途絶えることなく続けられてきました。今回の奉納は中曽根首相が中断してから二十二年ぶりの復活という大きな意義があります。
ここで注意すべきなのは、首相による真榊の奉納がなされたからといって、常に神社への参拝を伴ったというわけではありません。例大祭での参拝のない年もあれば、例大祭とは別の日に参拝するケースもあり、その場合には玉串料や供花あるいは献花料といった名目による奉納がなされたこともありました。
要するに、神社への参拝と真榊の奉納は、両者が重なることもあるけれども、本来はそれぞれ別個のことがらであって、前者が後者に勝るとか、前者の代替行為として後者がなされたとかいうような今回一部でささやかれた議論は無意味です。どちらも戦没者に対する真摯な思いの表現として変わりがないことなのですから……。
政教関係を正す会(R&R 253より)
新「靖国資料集」を正しく読み解こう
小泉首相靖国参拝訴訟がすべて終了

政教関係を正す会は昭和46年に日本のあるべき政教関係を求めて、学者、文化人、宗教関係者などが中心となって結成されました。これまでに津地鎮祭訴訟や愛媛玉串料訴訟、箕面忠魂碑訴訟などをはじめ、様々な政教訴訟において関係者に助言を行うとともに、一般
に対しても政教関係に関する正しい情報を提供するなどの活動を展開しています。
なお、このページは政教関係を正す会の御協力のもと同会発行の葉書通信『R&R』の内容を掲載しています。
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