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■小泉首相靖國神社参拝訴訟 〜一連の地裁判決を比較して〜
(神政連レポート『意』157号掲載記事)
本年4月26日に東京訴訟の判決が
下り
、大阪、愛媛、福岡、大阪
(台湾人)、千
葉、沖縄、東京の各訴訟の
地裁判決が出揃
った。これら7件の訴訟に
共通していた精
神的苦痛に対する損害賠償
請求については、原
告らの主張する「宗教的人格
権」や「平和
的生存権」などの権利は、法
律上保護され
た権利ではないとして、全ての訴えが却け
られた。これらの権利は「山口県殉職自
衛
官合祀訴訟」の最高裁判決(昭和63年
6
月)などにおいて既に否定されており、原
告の敗訴は当然であった。
本訴訟の実態は、国家賠償
法に基づく国
家賠償請求や民法上の損害賠
償請求に形を
借りた、政治的パフォーマンスであり、原
告らの真の狙いは、首相による國神社「公的」参拝が憲法
に違反するとの、
裁判所の憲法判断を引き出すことにあるのは疑いない。
また注目すべきは、首相の参拝の性格についての判断が、各裁判所によっ
て
異なった点である。愛媛、沖縄、東京の各地裁判決は、参拝の性格に
つい
て「公的」「私的」の判断を示していないが、大阪、福岡、千葉の各判
決は、
原告の主張の通り「総理大臣の職務行為」であると判断し、大
阪(台湾人)
の判決は「総理大臣としての職務行為ではないが総理大臣の地
位に伴う行為」
と判断した。その上で、大阪(台湾人を含む)、千葉の各地
裁は、参拝によ
って原告らの権利が侵害された事実はないとして、参拝
行為に対する憲法判
断を行わなかったが、福岡地裁は、首相の参拝は
「憲法二十条三項によって
禁止されている宗教的活動」にあたり「違憲」で
あると判断した。国や小泉
氏(個人)など被告側は一貫して私的
参拝であると主張してきたが、「宗教
的人格権」などを法的に保障
された権利と認めず、権利の侵害もないと判示
したのであれば、参拝行為に
ついて、「公的」「私的」の判断すら必要では
なく、ましてやそれを「違憲
」と判断したことは矛盾も甚だしい。
国家が自国の戦没者に対して哀悼の誠を捧げることは万国共通の大切な務
めであり、各国においてそれぞれの宗教的伝統に則った戦没者慰霊が営まれ
て
いる。本訴訟の原告のように、ごく少数の人達の不満や不快感に基
づく訴
訟によって、國神社を中心とする英霊祭祀が疎かにされるこ
とがあっては
ならない。今後も本訴訟に対し万全の支援体制を整え臨むとこ
ろである。
尚、地裁判決を不服とする原告らは控訴しているが、大阪訴訟で
は本年7
月26日に大阪高裁判決が下される予定であり、愛媛訴訟は6月1
3日に、
大阪(台湾人)訴訟は6月17日にそれぞれ結審する。また、千葉・沖縄・
東京の各訴訟においても、高裁での審理
が進行してゐる。

Q、全国6ヶ所の訴訟とは?
A、平成13年8月13日、小泉首相が國神社を参拝したことをきっかけに大阪、
愛媛、福岡、東京、千葉、沖縄の各地方裁判所に提訴されました。原告らは
これらの訴訟で、国や小泉首相など(東京訴訟では石原都知事も)を相手取
り、首相の靖國神社参拝によって被った精神的苦痛に対する損害賠償や、首
相の靖國神社公式参拝が違憲であることの確認、公式参拝の差し止めなどを
求めています。
さらに、靖國神社が被告とされている大阪と愛媛の訴訟では、靖國神社に
首相の靖國神社参拝を拒否するよう求めているほか、大阪では台湾人を原告
とする台湾人訴訟が、愛媛では平成14年4月21日と平成15年1月14日の小泉首
相の靖國神社参拝を違憲とする訴訟が別途、提訴されています。
Q、 原告らが主張する「宗教的人格権」や「宗教的自己決定権」とは?
A、原告らは、「各自が肉親の死について、それぞれの宗教的立場でこれを
意味づけ、他人から干渉・介入を受けずに静かな宗教的(あるいは非宗教的)
環境のもとで戦没者への思いを巡らせる自由」が宗教的人格権であると主張
しています。
簡単に言えば、「肉親を自己の宗教的信条によって祀る(思いを巡らす)
以外は一切認めない」という自己中心的な主張で、宗教的自己決定権の内容
も実質はほぼ同じと言えます。しかし、こうした宗教的人格権は、すでに山
口県殉職自衛官合祀訴訟の最高裁判決で否定されているのです。考えてみれ
ば、夫婦、親子、兄弟など親族間であっても個人の宗教的信条が異なること
があります。そうした場合に、それぞれが互いに自己の宗教的人格権を主張
しあえば、当然、親族間で争いが生じ、遺産相続と同様、肉親に思いを巡ら
す(祀る)権利にも優先順位をつけなければならなくなります。
Q、靖國応援団と補助参加とは?
A、靖國応援団は、「靖國神社を被告席から救おう」を合言葉に大阪で結成
された民間組織で、民事訴訟法第42条の規定に基づいて靖國神社が被告とさ
れている大阪訴訟に補助参加を申し立てました。訴訟という手段を使って首
相の靖國神社参拝を阻止しようとする原告らの行為に憤慨する靖國応援団は、
原告らが主張する宗教的人格権が認められて靖國神社が敗訴することになれ
ば、首相の靖國神社参拝を当然と思い公式参拝を熱望している自分たちの宗
教的人格権が著しく侵害されることになり、不利益を被るとして訴訟への参
加を申し立てたわけです。原告らの主張を逆手にとり、同様の宗教的人格権
を理由に補助参加を申し立てた靖國応援団の主張は、最高裁でも却けられて
しまいましたが、実は、このことによって原告らが主張する宗教的人格権も
また同様に否定されることになったのです。「毒をもって毒を制する」とい
う靖國応援団の訴訟参加によって、戦没者遺族や靖國神社を大切に思う国民
の声も法廷で代弁され、原告側の主張を聞くだけに終始していた法廷のムー
ドも一変しました。
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靖國神社参拝訴訟(大阪) |
判決 平成17年 7月26日(火) 大阪高裁 |
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靖國神社参拝訴訟(千葉) |
判決 平成17年 9月29日(木) 東京高裁 |
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靖國神社参拝訴訟(大阪/台湾人) |
判決 平成17年 9月30日(金) 大阪高裁 |
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靖國神社参拝訴訟(愛媛) |
判決 平成17年10月 5日(水) 高松高裁 |
■小泉首相國神社参拝訴訟における原告側証人尋問について
〇國神社参拝訴訟(大阪)第8回口頭弁論 平成15年10月6日(金)
(1)平野武(龍谷大学教授、憲法・宗教法専門)証人の主張
ライフスタイルの自己決定権やプライバシーの保護が、基本的人権に含まれる権利であるとの解釈を判例より引用し、同様に憲法第20条も一種のプライバシーの権利と拡大解釈できるとの見解を述べ、それに基づいた宗教的人格権や宗教的自己決定権も保障されるべき権利であると主張した。
(2)被告国の反対尋問
國神社参拝は人権侵害にあたるのかという尋問に対し、証人は、私人の参拝は「信仰生活の自由」の侵害にはあたらないと答えた。但し、公人には保護すべき信仰の自由が認められないので、公人による國神社参拝は、人権の侵害に結びつくとい
う見解を示した。
次に、公人の國神社参拝により人権を侵害されないのはどういった人たちかとの尋問に対し、証人は、國神社参拝問題に関心を持たない者は人権侵害の対象とはならないと述べ、また、本来主観的なものであるはずの関心の程度や感情の侵害は、一般人の感受性を考慮することにより裁判所が客観的に確定できるものであると主張した。
(3)被告國神社の反対尋問
國神社が戦没者を祀る際に、どの程度遺族の了解を必要とするのかとの尋問に対し、証人は、古い時代については必要ないが、近々の事例に関しては遺族の了解が必要であると述べ、遺族の祀られたくない自由は、國神社の祀る自由に優先すべきものであると主張した。
(4)補助参加人の反対尋問
祀る自由と祀られる自由との調整の仕方についての尋問に対し、証人は、親等や故人との関係を考慮し生活実態に則して調整すればよいと答え、原則として故人の遺志が尊重されるべきであるが、それが明確でない場合は故人の推定遺志を最も推量できる者の意志が尊重されるべきであると述べ た。
○國神社参拝訴訟(愛媛)第7回口頭弁論 平成15年10月21日(火)
(1)諸根貞夫(愛媛大学教授、憲法学・アメリカ憲法専門)証人の主張
政教分離規定を、信教の自由の完全な保障を図る人権保障条項でもあると位置づけ、政教分離規定により国民は、信仰に関して直接的間接的に圧迫を受けない権利を保障されて
いると主張した。
(2)被告国の反対尋問
政教分離規定違反が、直ちに人権侵害に結びつくのかという尋問に対し、証人は個人の利益の侵害に相当するのは、信教の自由を侵害した場合であると述べ、國神社参拝問題に関して訴訟を起こして
いない人は、個人の利益を侵害されていないと判断できるとした。
次に、小泉首相が私人として参拝することはできないのかとの尋問に対し、証人は、首相の公用車を用いることが問題であるとし、参拝するなら自民党の公用車にすればよいと主張した。それに対し、警備上の不安を追及すると、公機関である警察が対処すればよいと述べ矛盾を生じさせた。 また、小泉首相が毎年國神社に参拝していることを知っているかとの問いに対し、証人は知らないと答えた。
(3)被告國神社の反対尋問
國神社参拝問題に関して訴訟を起こすかどうかは、個人の関心の程度の問題であるとする証人に対し、そうであるならば原告の関心の程度の違いに応じて損害賠償額(一律一万円)は違ってくるのではないかと尋問すると、
そうかもしれないと返答に窮した。
國神社が首相の参拝を受け入れたことが違憲なのかという尋問に対し、証人は一概に違憲であるとは言えないと答え、また、証人の意見書中、一般国民が首相の参拝について、私人か公人かを外観上区別することはできないとあるのを挙げ、國神社に対する参拝の差し止め請求が可能かどうかを尋問すると、証人はかなり難しいと思うと述べた。
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